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zoom RSS 愛を読むひと

<<   作成日時 : 2009/08/27 20:56   >>

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昨日見た映画は「愛を読むひと」

ケイト・ウィンスレットがアカデミー主演女優賞をとった作品ですね。

舞台はドイツ。1950年代後半、一人の少年が大人の女性に出会い恋に落ちた。少年・マイケルと女性・ハンナは関係を持つが、ある日突然、その女性は少年の前から消えた・・・

と書くと昔よくあった少年と年上女性のひと夏の恋物語に聞こえそうだが、別れた後が本当の話が始まる。
少年は法科大学に進み、ある裁判を見学する。それは二次大戦中にユダヤを迫害したナチに対する裁判。そこでは看守が訴えれていて、その元・看守としてあの女性がいた・・・。

複数の元・看守が訴えられていて誰が指導的立場だったのか?これで刑の重さが決まるという。裁判でも罪のなすりあいが行われる。そしてハンナが指導的立場とされる。
そのとき、マイケルはハンナがその立場でないことを確信する。彼は彼女を救うことができたかもしれない・・・でも、そうしなかった。

それはハンナの誇りを守りたかったか、恥をさらしたくなかったか・・・

ハンナが服役中、マイケルは彼女のために本を読みそれを録音して送り続ける。彼女は服役して何かが変わったのか。
服役が終わる頃になって、マイケルとハンナは直接会って放しう事になる。しかし、彼女は生きて出所することはなかった。



ハンナは自らの罪を認めていたのか?必要以上に大きな罪を背負ってきたのか?ある事実を認めることによって、そこまで罪をかぶることはなかったのにと思うのだが。それは矜持なのか恥をさらすのが嫌だったのか?
その事実が「わかった」マイケルも彼女の意思をなくなく尊重することに。ハンナを助けることが逆に彼女を苦しめてしまうことないように・・・。

その事実というのは本を読んでもらうことが好きということにつながっているわけだけど。おそらく、その事がマイケルの前から突然いなくなった理由にもつながるんだろうな(車掌から事務職に「栄転」したこと)。

映画の最初のほうはケイトの脱ぎっぷりでR-18か?と思わせるような展開(^^; きれいじゃないヌード(笑)がポイントで、孤独に生きてきた女性を象徴している感じ。

個人個人に罪を負わせることに意味があるのか的な台詞もあったかと思うが、個人を後になって責めるのは簡単だと思う。そのときに、なぜ声をあげないのか?とは思うよね。
難しいことなんだけど。

レイフ・ファインズって見ている映画が全部同じような役というか屈折した大人というか(^^; その少年時代、青年時代をダフィット・クロスがそのまんま演じて。なんとなく心を開かない感じが出ていたなぁ・・

製作はアンソニー・ミンゲラとシドニー・ポラック。イングリッシュ・ペイシェント、リプリー、コールドマウンテンとか割とトーンとしては静かだけど印象に残る作品が多いんだけど・・・。あれ、二人とも去年亡くなっているんだ。それは知りませんでした。




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